キスをした。
 事故のようなキスだった。 
 いつもは頭ひとつ分、高い静雄の顔が、目線にきたのだ。
 考えてみたら、それだけだった。
 なぜ、そのようになったかというと、天井ちかくの棚にある書類をとるために脚立を用いたことがはじまりだった。脚立の組み立てをしっかりとしていなかったために、ぐらりと揺れ、俺はたたらを踏むようにバランスをとった。転倒するほどではなかったが、均衡を壊さないためにしばらく静止せざるをえなかった。
 そのとき、危険を察知する人間の反射よろしくこちらに注意を払った静雄と、目があった。
 目の高さは同じ。
 グラスとめがね越しの、ふたりの目は限界まで近づいた。
メンチ切りなれている静雄には、よくある近さだったのかもしれない。
だが、俺は、ひさしぶりだった。
 それはしかし、なじみのあるタイミングだったのだ。体が、その記憶のままに動いたのだ。ちょうど、コンサートで最後の演奏が終わり、音がすーっと消えていく瞬間にわきおこる拍手のような、自然な行為のように思えた。
 演奏に感動した帰結としての拍手をする。
 演奏者だって、それを望んでいる。
同じように、静雄の顔が、そう望んでいたような気がしたのだ。近づいてみてはじめてわかる静雄の動物のような何の屈託のない目を見て、感動したのかもしれない。
 とにかく、それで、キスをした。
静雄が、どういう反応をするかはわからなかった。パニクって、俺をなぐりとばすかもしれない。静雄に殴られたら、俺は死んじまうわな、とどこか別の世界の出来事のように考えた。
だが。
その事故は。先輩後輩のときからの付き合いの中で、大事故に相当するものだったにもかかわらず、俺は九死に一生をえた。
静雄はキスをされたとたん、さっと驚きの表情をした。そしてそれをなぞるように首まで真っ赤になった。








殺したいほどアイラブユー







 俺は、その殴られずにすんだという幸運に感謝するでもなく、反省をするでもなかった。その静雄の顔の紅潮に、思い浮かんだのは、「いけるな」という思いだった。
 もう一度唇を合わせるようにキスをすると、今度は合わせるだけの時間が、長く感じた。
唇を離すと、静雄が、脚立を抑えてくれたので、俺はそのまま降りた。
「静雄」
 呼ぶと、静雄が少しだけかがんだ。
 もう一度呼ぶと、空気を壊してしまうような予感があったために、人指し指をくいと手前にひいただけにとどめた。
 静雄はいつもの習慣からなのだろうか、俺の指示に従った。
キスの続きをするというのはわかっていただろうに。
疑問はあったが、そっと唇の合わせ目を舌でなぞると、ドアがひらき、挨拶をしてくるように、静雄も舌をのぞかせてきたのでもう深く考えるのはやめた。
 一度からませると、とめどもなく腹の底が熱くなってくる気がした。それが性欲だと気づくのには、時間がかからなかった。

それが、きっかけといえばきっかけだったように思う。

年を食うと、告白もないままに付き合いがはじまることが多いが、静雄ともそうしてはじまった。
静雄の中にはいりこむと、静雄の体がすこしだけ小さくなったように、縮んだように震える。
そのまま、落ち着くまでまってやると、もぞりと、静雄は体をひねり、俺のペニスを体になじませるように体をひねる。
 「ん、はあ」
 深いため息が、ついてくるのにあわせて、ゆっくりと動かしはじめると静雄がこちらをみた。
「あ、待っ」
「ん、わり。」
 動きをとめる。
「いや…いっす…よ」
「無理すんな。どーしたって、下のほうがキツいもんだからなあ」
「あ、そうじゃなくて」
「あ、わり」
 動いてほしいのだ。
 静雄が、目をそらせる。顔をそらせても耳まで真っ赤になっているので、表情をかくせたことになっていない。俺は笑った。
「そうじゃ、あ……」
 遠慮なく、奥の方をめざし、律動を開始するにしたがって、静雄の足が徐々に開いてくる。男は慣れるまで大変だという話をよく聞く。いくら慣れてはいても最初はキツい。静雄もそうらしく、いつも挿入時は、目を硬く閉じたままだ。
 だが、体を無理にでも開いてくる。
「トム、さん…」
だが、こちらが遠慮しているのが、静雄にはかえって気になるらしくいつも、先をねだるように言う。
「心配しねーでも、気持ちいいよ。」
「そうすか」
静雄は自嘲するように笑ったのをみて、静雄の金髪を軽くかきまわした。嘘ではない、ということを伝えるために。実際嘘でない。気持ちいい。男がこんなに気持ちがいなんてしらなかった。
我慢なんて、できるはずもなく、自然に腰が揺らいでくるくらいだ。
「ん、あ」
静雄の熱い息が、肩に感じるとゆっくりと抜き差しを始める。静雄には苦痛だろうに、拒絶の言葉はみつからない。
だが、しばらくゆるりと、そのまま負担のないように動いていると、腹の間の静雄のペニスが徐々に反応してくる。
「気持ちよくなってきたか?」
訊くと、かすかに静雄がうなづく。同時にまるまった背中がのびてきて、ぴったりと胸を押し付けてくる。
 突然、ぐわりと、キスをしたときのような熱さが腹の底から、沸き起こってきた。それは、性欲ではない。開放への期待でもない。
もっと、別の。
「と、むさんッ」
 急に律動が、早くなったことに、ついていけないのか、静雄がこちらを見る。つらいのかとも思ったが、全身が厚く汗をうっすらとかいているので、そうではないと安心する。
 静雄の金髪が、おでこに張り付いているのを、すくって、なでつけた。
「おめーオールバックも似合うな。男前だなあ」
男前、というよりも、えろいのだが、そういうと、静雄がキレるかもしれないので、それは黙っておく。
もっと、静雄の顔がみたくなって、軽くつきあげた。
「ああっ、あ」
静雄は喘ぎ声をもらしてくる。腰をさらにまわす
「ああっ」
つきあげる
「あああッ」
硬くたちあがった静雄のペニスを、俺はにぎった。静雄のそこが、俺のをきつくしめつけた・
「トムさんッ」
「はは、わり。調子こいた」
「ち、が。ああ!」
無意識に、静雄の先をこすっていたらしく、静雄は耐え切れないように叫ぶ。
「だ、め、うわ・・・ッ」
「いいって、一度出せよ」
本格的に、すりあげるながら尻を責めると、その連動した快感に、静雄は落ちた。
のけぞる静雄を、ひきよせる。
「ぁ、ああッ」
 静雄のペニスから勢いよく精液が噴出す。同時に静雄の尻が痙攣し、最高の快感を俺にもたらしてくる。だが、静雄がいきやすいように、ぐっとさらに静雄の体に沈みこみつつ、耐える。
「ん、は…」
静雄が弛緩するのに合わせて、また待つ。
 無防備なその状態に、俺はすぐにカッと暴力的なまでに責めたくなってくる。そんな衝動は静雄とセックスするまで、遠くに忘れていた感情だった。
 だけれども。
静雄の息がおちつくのに合わせて、深呼吸した。自らのペニスに、慰めとばかりに、いいきかせる。
もう少し、まてよ。
こういう自制はあるようで、少ない。記憶は遠い。気がついたら、自制するまでもなく我慢できる。
だが、今は。
 射精が、命にかかわるほどに大切なことのように思えてくる。そう感じさせるのはまちがいなく静雄だ。
殺したくなるほどに責め立てたくなる衝動を、我慢しなくてはならない。






 ■■■



「トムさんって…」
「あぁ?」
「俺、よくわかんねっすけど…しつこくないですか…」
がん、と頭をなぐられたようなショックと同時に、静雄をみる。
だが、動揺をさとられないように、タバコに火をつけて、二三回、吸ったあと、静雄に差し出した。
 静雄は、あっすと、つぶやき、お礼の会釈のつもりでふとんにうずもれている顎を軽く動かし、そしてタバコを受け取った。
「そりゃあ…。お前とちがって俺、男はじめてだからよ…。がんばってるっつうか」
「俺だってはじめてっす!」
「え、」
 静雄は急に、おきあがり、こちらの顔をのぞきこんだ。
 顔が近い。
 目と鼻の先に、グラスをかけてない静雄の顔。
しかし、セックスした後となっては、これはキスのタイミングではない。メンチのタイミングだ。
なぐられるのか?と俺は思ったが、それは仕方ないなと思った。
女にいままでつきあってきた男のことをきくのはタブーなのだ。それをきいたも同然のことを言ったのだ。
だが、静雄はうれしそうな、顔でいった。
「しっとすっか!」
「え」
「しっとっすよね! トムさん!俺、トムさんが始めてですから!」

 俺は、何も返せずに言葉を返せずに、かといってキスでごまかすこともできずに静雄を見つめた。
 頭を、かきたくなった。
このへアスタイルのせいで、頭の痒みは頻繁におこる。だが蚊にさされたときと一緒で、一度掻くととまらなくなってしまう。ならば、掻かないほうがいい。
 そういうわけで、いつもは我慢するのだったが。
しかし今猛烈にかきたい。
「え、まあ」
自分で、目が泳ぎそうになるのがわかる。手が頭のへんをいったりきたりする。
「頭、かゆいんすか。俺かきましょうか。人に掻かれると気持ちいっすよ。俺、よくじいちゃんの背中とか掻いてあげました」
「頭、かけねえよ。蚊とかとちがうし」
「蚊にさされた後も、よくバッテンにしますよね」
なんだろう。恥ずかしいという感覚さえ、ひさしぶりなような気がする。
お前に頭ばってんにかちわられたら、しんじまうわなあと、笑ったら、静雄も笑う。
ちょっとマジな顔でそれはこまりますけどもと静雄がつけくわえる。
「だけど、もう死んだほうがマシってくらいかゆいとき、あんだよね」
「マジっすか」
「マジよ ほんと」
「じゃあ、そんときはトムさんの、頭バッテンにかちわったあげるっすね!」

 俺が殺してあげますよ。と。
 そんなこと言われたも、同然で。

「時々お前、すげえこというよなぁ」

と溺れる者が、つかむ藁のようなことを、言った。

 

 



(俺、死ぬわ)




 

 

 

 






ころされるほどにユーラブミー おわり。











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